――味覚を取り戻すということ――
忙しい日が続くと、
何を食べたか思い出せないことがあります。
空腹は満たされたはずなのに、
どこか満たされていない。
そんな感覚だけが残る。
それは、量の問題ではありません。
味わう時間が、なかっただけかもしれません。
食べることは、とても感覚的な行為です。
味、香り、温度、歯ごたえ。
五感が一斉に働く、数少ない時間。
それなのに、私たちは食事を
「効率の時間」にしてしまいがちです。
画面を見ながら。
考えごとをしながら。
気づけば、食べ終わっている。
それが悪いわけではありません。
ただ、それが続くと、
感覚は少しずつ鈍っていきます。
私は、早食いの癖があります。
現場仕事が長かったせいか、
食べることは「次に動くための準備」でした。
あるとき、
味が分からなくなっていることに気づきました。
お腹はいっぱいなのに、
心がついてきていない。
そこで決めたのが、
「一口目だけは、ちゃんと食べる」ということです。
噛む。
香りを感じる。
飲み込む。
それだけで、
体の反応が変わりました。
味覚は、舌だけの感覚ではありません。
体調や気分を、正直に映します。
疲れていると、
濃い味や刺激を欲しがる。
落ち着いていると、
素材の味が分かる。
その変化に気づけるだけで、
自分の状態が見えてきます。
整えるとは、
正しく食べることではなく、
気づきながら食べることだと思っています。
特別な料理をする必要はありません。
静かに食べる。
急がない。
今、口に入っているものに意識を向ける。
それだけで、
味覚は少しずつ戻ってきます。
私は、食事中は画面を見ないようにしています。
完璧にはできません。
それでも、やめる日を増やすだけで、
違いは確かにあります。
味覚を取り戻す、小さな工夫
・一口目を、ゆっくり食べる
・噛む回数を少し増やす
・香りを感じてから口に運ぶ
・食事中、画面を置く
今日の最小一歩。
一口だけ、ゆっくり噛む。
味と温度を、最後まで待つ。
それで十分です。
味わうことは、
暮らしを取り戻す、いちばん静かな方法。
急がなくていい。
立ち止まれば、ちゃんと感じられる。
それだけで、
暮らしの芯は、静かに戻ってきます。

