夜は、回復の時間だと言われることがあります。
けれど、私にとって夜は、最初から回復の場所ではありませんでした。
ただ、逃げ込むしかなかった時間。
誰とも話したくない。
何も考えたくない。
光が少しだけ弱くなり、音が減り、世界が遠ざかっていく。
昼間の速さについていけなくなったとき、夜は静かに開いています。
そこに理由はいらない。ただ、入れるだけでいい。
疲れ切った夜があります。
何も感じないほどに消耗して、考える力すら残っていない。
体は重く、思考は途切れ、ただ時間だけが過ぎていく。
回復とは程遠いような、空白。
でも、その空白は悪いものではありません。
何もできないという状態は、何も背負わなくていい時間でもある。
夜は、そういう場所を許してくれます。
そして、ときどき。
眠れない夜があります。
体は疲れているのに、思考だけが深く沈んでいく。
昼間には触れない問いが、静かに浮かび上がる。
それは答えではなく、感覚です。
少し苦しい。
少し遠い。
少し違う。
言葉にするほどでもない、微細な違和感。けれど、その違和感だけは嘘をつきません。
夜はそれを、隠さない。
逃げ場だったはずの場所で、
自分の真実に触れてしまうことがあります。
近づくことだけが優しさではない。
離れることもまた、優しさです。
人から。
場所から。
役割から。
少し距離を置いたとき、視界が広がることがあります。
それまで見えていなかったものが、静かに輪郭を持ち始める。
夜は、何かを与えてくれるわけではありません。
むしろ、少しずつ削っていきます。
余計な音。
余計な光。
余計な思考。
それが消えていくほど、呼吸が戻ってくる。
回復しようとしなくても、体が少しずつ緩んでいく。
回復は、努力の結果ではなく、静けさの副作用なのかもしれません。
夜は、逃げ場でいい。
答えを見つけなくてもいい。
ただ、静かになったとき、残るものがあります。
それは、新しく手に入れたものではなく、もともと知っていた感覚。
遠くへ行っていた自分が、ゆっくりと戻ってくる感覚。
そして気づけば、自分という場所に帰っている。
夜は、回復の場所ではないのかもしれない。
ただ、戻ることだけは、許してくれる。
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第22回|整いすぎない暮らし──不完全さが落ち着くわけ

