年を重ねると、
できなくなることが増えると言われます。
体力が落ちる。
回復が遅くなる。
覚える速度が変わる。
それは確かに、
否定できない変化です。
けれど、
失われるものだけを見ていると、
別の変化に気づけなくなる。
私は最近、
感じ方が変わってきたと思うことがあります。
強い刺激よりも、
静かなものに目が向くようになった。
大きな音より、
遠くの生活音。
派手な光より、
夕方のやわらかな影。
以前は気づかなかったものが、
ゆっくり浮かび上がってくる。
それは、
衰えではなく、
選び方が変わっただけなのかもしれません。
若いころは、
速さが魅力でした。
多くを経験すること。
新しいものに触れること。
世界を広げていくこと。
けれど、
時間が経つにつれて、
広がることより、
深まることのほうが心地よくなる。
同じ道を歩く。
同じ場所に座る。
同じ景色を見る。
それなのに、
以前とは違って感じる。
時間は、
ただ過ぎていくものではなく、
感覚の層を重ねていくものなのかもしれません。
老いは、
何かを奪うだけではありません。
余計なものを少しずつ削っていく。
必要だと思っていたもの。
手放せないと思っていた考え。
それらが、
いつの間にか軽くなる。
急がなくてもいいと知ること。
それは、
諦めではなく、
信頼に近い。
自分の速度を、
自分で決められるようになる。
五感も、
少し変わっていきます。
強く感じることより、
長く感じること。
瞬間的な刺激より、
続いていく余韻。
小さな音が、
深く響くようになる。
香りが、
記憶と静かに結びつく。
触れるという行為が、
以前よりも意味を持つ。
それは、
感覚が鈍くなるのではなく、
焦点が変わっているのだと思います。
若さは、
外へ向かう力。
成熟は、
内へ戻る力。
どちらも大切で、
どちらも必要。
ただ、
後者には、
静けさが伴います。
老いとは、
静かに自分へ近づいていく過程なのかもしれません。
できないことが増える一方で、
迷わないことも増えていく。
何を選ばないかが、
自然にわかるようになる。
それは、
自由に似ています。
成熟とは、
完成ではありません。
むしろ、
余白を持てるようになること。
揺れながらも、
戻れる場所を知っていること。
時間が経つほど、
世界は狭くなるように見えるかもしれません。
けれど実際には、
深さが増している。
五感は、
その変化を静かに教えてくれます。
何も急がなくていい。
ただ、
感じ続けていれば、
自然と変わっていく。
老いは、
終わりではなく、
静かな深まりです。
次は
第30回|一人でいられる力──孤独と安心の違い

